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2017.05.09 Tuesday

ハープクラスで受講しました。

GW信州アーリーミュージック村での私のクラスはハープでした。

題はモンテヴェルディSi dolce e il tormento( 苦しみが甘味なら)

生誕450年のモンテヴェルディイヤーにふさわしく、この美しいシンプルな楽曲を勉強できることにわくわくして

グループレッスンにのぞみました。

ウォーミングアップをたっぷりして

メロディーはシンプルなままでも美しいけれどハープが表現できることを教えていただきました。

それは線画のように美しい模様になるのです。
私が想像する音の流れが趣味の悪いことにはならないかしら?
いろいろな心配ごとを忘れて楽しくてしかたがない。
通奏低音の判定もその時代や作曲家によって違うことも学びました。
ハープのグループレッスンはとても自由で
美しいものと向き合う時間になりました。

 
美しいメロディーが次々と生まれて、リレーする一つの音楽になりました。
どのメロディーも咲き誇る花となって村の音楽会では花園のような音楽になりました。
実は家に帰ってからもこの時できなかったメロディーの続きを考えたり、できなかったアルペジオを練習してみたり楽しかった音の続きを面白がっています。
レッスンをしながら耳をすましてハープの音色が鳥の声と重なったことなど思い出しながら。。
 
2017.05.08 Monday

太鼓を叩きました。

去年の信州アーリーミュージック村ではタンバリン博士との共演をさせていただき、すっかり楽しませていただきました。

今年はパーカッションクラスもなくてなんだか寂しい。でもフレームドラムとタンバリンは持って行くことにしました。

事前にアンサンブルにパーカッションがご入用でしたら叩きますよ。と申し出ていたのですが何のお返事もなくて。

これは余計なことに手を出さないでハープに専念しなさいということかな?

とも思いましたが去年のタンバリンを思い出すと叩きたくなっちゃうんですよね。

着いてすぐにリコーダーコンソート朝練習のお誘いがあって私もリコーダー吹こうかな?と思ったけれど叩くことにしました。
イメージがぐんぐん膨らんでフレームドラムとタンバリンを持ちかえで
朝練、朝ゲリラの眠気を吹き飛ばすノリで叩かせてもらいました。
こうして、そこで出会ったどうしでアンサンブルをして仲良くなれるって
いいことですよね。
リコーダーだけで演奏しても立派なアンサンブルだけれどパーカッションが入ると心が一つになるような気がします。この写真。私は手前にいるのでよく見えません。
相方は奥の右端にいます。
アンサンブルレッスンの中でもチャンスがあったら叩かせてもらいたいな。と思っていたので
お願いしてイギリスルネッサンスのクラスでも叩きました。
去年のタンバリンのイメージで、この曲はゆっくりだからどうかな?と言われたのですが
フレームドラムはゆっくりのダンスステップも叩けると粘りました。

そして自分たちも!ご夫婦で演奏しないんですか?なんて言ってくださる方もいて嬉しいかぎりです。
去年はタンバリンを叩く人だったので今年はフレームドラムで盛り上げちゃおう!
作戦は大成功!たくさんの拍手をいただきました。
ついでに相方が椅子をひっくり返して笑顔がいっぱいになりました。
 

 
2017.05.07 Sunday

チェンバロ弾きました。

5月3日〜5日。今年も信州上田アーリーミュージック村に参加しました。

これは私たちにとってはもう毎年の恒例行事になろうとしています。

私はハープを充実させたい。相方はツィンクを吹きたい。それぞれの目的があったので楽しみに準備をしていました。
ミュージック村の直前、川越の中世音楽まつりでご一緒した池田さんからお電話があってゲリラライブの伴奏をチェンバロでと頼まれました。ゲリラライブと言うのは朝食と昼食の時、有志で5分ほどの演奏をするというものです。
私は30年前に事情があってチェンバロはやめて封印しているようなものだからと、ハープの課題も大変だからと、お断りしたのですが、
もう楽譜はメールで送ったと仰る。池田さんは、その30年前に私がルーテル市谷で弾いたチェンバロを聴いたことがあると言うことで、本当にチェンバロが好きで夢中に練習していた頃の自分を覚えていてくれる人がいることは嬉しいことなのです。
いただいた楽譜を弾いてみたらなんとなく弾けちゃった。これで断ったら申し訳ないね。と言うことになり引き受けることにしました。でも楽譜をみてイメージするチェンバロでの表現がちゃんとできるかどうかは実際にチェンバロを弾いてみなくてはわかりません。
アンサンブルも決してやさしい曲ではないのに一度も合わせ無しというのも恐ろしいものです。
会場に着いてから空いているチェンバロを探して弾かせていただきました。
不思議なものですね。チェンバロに向かったら次々と表現したい音が溢れてきてアンサンブルも問題なく楽しい気持ちでいっぱいになりました。伊藤福一さんのチェンバロが素晴らしく弾きやすかったこと。そして何より声をかけてくれた池田さんに感謝です。
池田さん。相方がこれからチャレンジするツィンクでの演奏の伴奏をさせていただきました。
こっそり、ホールのチェンバロで練習。
こんなこともう二度とないかもしれないから池田さんに写真を撮ってもらいました。
去年はタンバリンでたっぷり遊ばせていただき、
今年はチェンバロを弾く人になりました。
受講生としてはハープです。
私にとってのアーリーミュージック村は冒険に満ちています。
 
2017.04.19 Wednesday

イースターの戯れ

誰も「今日がイースター」なんて言わなかったけど

みんなが出会えて音楽ができることを感謝し遊び心満点で一日を過ごしたのだから
今日は飛びっきりのイースターだったんじゃないかな?
そして新しい試みと復活の気持が溢れていました。
4月16日 川越にて 中世音楽まつり『吟遊詩人の宴』でした。
去年始まった中世音楽まつりなのですけれど、去年は私たちにとっては初めての中世で、
その時のハープがとても素敵だったので、ちゃんと弾けるようになりたくて練習を始めたのでした。
今回の私たちのプログラムは東北武者の出陣の曲からスタートして中世騎士トリスタンの哀歌を。
ハープの魅力そのものに、ゆらゆらと揺れる花のダンス。
そして妖艶な乙女にせつせつと愛を語る詩の物語。
太鼓も叩くし笛も吹くけどハープを弾く人にはなれたかな?
参加されるみなさん。誰もかれもが、とても頑張っているお友達で、
改めて私たちにとっての宝物と思いました。
 
楽しい仲間たちが勢ぞろいしました。
大好きがいっぱいです。

 

 
2017.04.14 Friday

時代を超えて

4月9日。桜咲く雨の日曜日。10日は亡き父の誕生日。12日が私たちの結婚記念日。

前に進め!のセットは、こうして毎年やってくるのです。
そんな4月9日。雨降る桜の日曜日Stroke湘南でライブをさせていただきました。
Strokeのオーナーも、ここに集まる男たちもお酒が大好きで私の父も顔色一つ変えることなく飲み続ける人でした。
「バッカスに乾杯!」そんな中世の歌をオープニングに。
春の喜びを織り交ぜてパーティーのような春の宴を叩き歌い奏で語らせていただきました。
楽器が増えたことで、できること。ライブのイメージが変わろうとしています。
音楽のスタイルはチャレンジと可能性だな。
あらためて思うのでした。
 雨の中、お集まりいただいたお客さまに心から感謝します。
「やっぱりピアノが入るといいわね」なんて感想もいただきました。10年前夫婦で演奏を始めた時はピアノさえ弾ければいいつもりでいました。あれから楽器が少しずつ増えて演奏ジャンルも変化しました。そして今回はハープを楽しんでいただきました。
どんな楽器も同じことかもしれないけれど美しい音で演奏することは難しいけれどチャレンジしがいのある瞬間ですね。

 
ラストはリクエストもいただきましたのでファリャ「恋は魔術師」で締めさせていただきました。
音楽の中には不思議な物語が秘められています。そんな物語がバレエになったりオペラになったりして今につながります。
そして感じる心はそれぞれの自由ということになりましょう。
さてそろそろ次のアレンジを始めなくてはいけませんね。
2017.03.28 Tuesday

陰影礼賛

3月26日。

毎年恒例の「手をつなごうコンサート♪」でした。

東日本のこと・・福島のこと。伝えたいことが沢山あり過ぎていつも時間をオーバーしてしまう私です。
みなさんが熱心に耳を傾けてくれるということもあります。
タイムキーパー厳重にやりますよ!と釘をさされて今回は音で伝えようと肝に銘じました。
私たちは旅をして人に出会い心根に触れ音を育ててきました。
その思いは地球のどこにいても同じ悔しさだったり切なさだったりします。そしてそれは、いつの時代でも同じなのだと思います。
そんな音を語るように奏でる。そんなプログラムを準備させていただきました。
この音楽作りは私たちのこれからのライフスタイルに繋がるものでもあります。
かぎりなく音にこめたいものがあるのです。
明るくパワフルな演奏の中で、ちょっと違和感?かと思う私たちですが陰影礼賛。私たちにしかできない演奏をさせていただきました。せっかく持ち時間ぴったりで終わったのに、もっと演奏していいの?司会の方がすぐに出てこなくて余韻ものこすことができました。 ありがとうございました。
このコンサートは大阪の情熱が一歩ずつ東日本に届けと熱い思いで
毎年開かれています。そして山形の葉っぱ塾「森の休日」に、みなさまの募金が寄付されます。「森の休日」は福島の子どもたち。そして家族が自然の中で遊ぶことで健康に生きる力を養うプログラムです。私たちも参加させていただいています。自然を感じて音楽セッションをすること。それが笑顔と仲間作りに役立てばいいな。と思っています。
熱い涙とエネルギッシュな大阪パワーが、優しく淡々と自然、人を愛する葉っぱ塾のヤギおじさんと出会ったこと。長く続く良い出会いだったと思います。
このコンサートはみんなの力で実現しています。

 
2017.03.20 Monday

今を生きる

6年目の3月11日の夜中、私たちはやっぱり福島に向かうことにしました。

決め事があるわけでなく見れるものを見て会える人に会う。誰に会えなくとも感じること考えることを大切にしたい。
折りしも都内で私たちには縁のない大きなスポンサーの復興支援のコンサートを観る機会をいただきました。
ちょいと背中を押されるようにコンサート終演とともに車を走らせました。予定はないようであるものです。
いつも午前中の演奏のために時間調整をしていた安達太良SA
ずいぶんと線量が下がったものです。
車中泊をする車の数も減りました。
この3月で非難解除。
終わらない被害が終わったことになろうとしています。
翌朝の安達太良山は完璧でした。
私たちが福島に来ていることを知って「飯舘に来れますか?」の連絡をいただきました。帰村準備をしているお友達からの連絡で飯舘の自宅を見せていただくことに。
どうして飯舘の人は帰りたいのですか?と聞かれたことがあります。
私がその方に、自分の故郷の村が飯舘と同じことになったら、あなたはどうしますか?と聞くと、その人は答えに詰まってしまいました。まさか、自分にとって一番美しい場所がそんなことになるなんて誰も想像することはできないのです。だから他人事にしかならず、そんな質問が出てきてしまうのでしょう。机の上で考えれば帰るべきではないのかもしれません。でも理屈では答えを出すことのできないこともあるのです。そして今を生きるためには、その理屈ではない部分に深いものがあるということを忘れたくありません。
このテラスに座って夕暮れの林檎畑を眺めます。
そんな風景を想像してみました。
一つ一つ丁寧に手作りの暮らしがそこにありました。
木の幹を撫でながら、これはブナ、これはカツラ・・・
自然は人の営みにかけがえのない恵みを届けてくれていました。
母屋にピアノがありました。
ずっと昔の高い買い物です。
楽器のために。そこに住み人のために早速弾かせていただきました。この部屋はリフォームをしてのこすとのことでしたので、また改めて弾かせていただくお約束をしました。
ここで暮らした日々の賑やかな喜び。高鳴る思い。夢。それを叶えてくれる家族。恥ずかしいことにも、厳しかったことにも無邪気な懐かしさが聞こえてきました。リフォームの1歩として煮炊きができるようになったところでしたので束の間の嬉しさが満ちていました。でも、放射性廃棄物の並ぶ地面に対しては、あんなものが置かれていては先は見えない。はっきりと吐き捨てるように現実をつぶやいていました。
美しい村は、それだけで美しいまま想像することができます。でも現実から目を背けてはいけない。
この6年間突きつけられてきたことがあるから丁寧に今を生きる力になる。
私たちは祈らずにはいられません。
帰宅してから気がついたことがあります。
夕方、私の家の近所からはそれぞれの家の美味しそうな夕ご飯の匂いが流れてきます。
過去にはたぶん飯舘の夕暮れには匂いがあったに違いない。美しい村の人のぬくもりは胸の熱くなる匂いを想像させます。
今、そこには匂いがありません。その匂いがどんなにか貴重なものかということを気づくところから私は始めたいと思います。

 
2017.03.10 Friday

命について考える

今年も、あの3月11日がやってきます。

そして震災が無ければ出会わなかった友達がいます。

そんな友達の一人。福島で出会ったちーさんは一人人形芝居劇団。

真剣に命について考える。発信をしています。

そんなちーさんが96歳のお母さまを看取りました。

病院ではなく自宅で死にたい。猫のように娘の膝に抱かれて息をひきとりたい。

そのすべての希望を叶えてお母さまは亡くなりました。

「冬のつぶやき展」去年は私たちも演奏をさせていただいたのですが

今年はゆっくりお灸でもしながら語り合おうよ。と言うことで

ちーさん、がらくた座の本拠地 松本へ行ってきました。
命を語るためには様々な人の生き方を全部認めなくてはならない。
でも自分の考えはちゃんと持っていなくてはいけない。
もし考え方が違う相手であっても喧嘩ではなく話ができる。
そんなつきあいがしたい。
そして仕事は分け隔てなく受ける。プロだからね。

 
2017.03.09 Thursday

ハープ祭りデビュー

去年の今頃、「春のハープ祭り」は私にとって他人ごとでした。

私がハープを手にしたのは2年前、病気になった時、

ハント症候群と言う病気で顔が半分動かなくなるということの深刻さが少しずつ現実になって
自分の演ってきた楽器の音がみんな耳に反響してどうしようもなくなって。
自分のために始めた優しい音。ちょこっとアンサンブルもできて心地良く。それだけで充分でした。
だから「ハープ祭り」と言うのがあるんだね?そのくらいの気持でした。
お蔭様で耳の反響も無くなり顔も、ちょっと見には普通になりました。
時々、私の事情を知らない人と楽しくすごした後や寒い日に顔が強ばってしまうこともありますけれど
そういう時は頬骨をマッサージすれば大丈夫みたいです。
去年、5月に信州上田のアーリーミュージック村に参加して、自己流からの脱皮?
ハープ事始めとなりました。
とてもとても自然な流れで3月4日「春のハープ祭り」デビューさせていただきました。
証拠写真。
記念写真。

 
2017.03.03 Friday

美味しい思い出のために

私はたくさんの大人に可愛がられて大きくなりました。

その大人が年をとったら大変だと「私はみんなの面倒を見なくちゃいけない」真剣に考えていたことがありました。

家にも物にも歴史があって、ずっと昔に死んでしまった祖父や祖母が写真の中で笑っている。

その笑顔を見ていると家や物の歴史がよみがえってくるような切ない気持になります。

思い出すことがあるという幸せを大切にしたいと思います。

昔、海のない信州塩尻に住む私の祖父は海辺の町に家を建てた娘のところによく遊びに来ました。
祖父はお相撲が大好きでした。だからお相撲を見に来るついでに寄ったとも聞いています。
海岸で地引網があって、振り向くと祖父が立っていました。
今日は山が綺麗だねぇ。
富士山もみごとでしたよ。

 
あれぇ。こんな道、もう何十年も通ってないよ。
昔、おじいちゃんと、おばあちゃんと来た道だわ。
ああ、懐かしいわ。
思い出すことのできるおじちゃんとおばちゃんに「心配かけてごめんね」の気持で思い出の鰻をご馳走させてもらう。
それが今回の旅の目的でした。
昔、まだまだお店が繁盛していた頃、マイクロバスに乗って大勢で鰻を食べに行きました。
そしてお座敷を借り切って大人も子どもも大騒ぎ。そんな賑やかな時代がありました。
ここで商売をしていた母の実家。
その存在は大きなものでした。
塩尻に駅ができて、その駅が今の場所に移転するまでの街の発展に貢献した歴史がありました。
時の流れは不思議なものです。
すっかり様変わりした風景の中で日常は何ごともなく過ぎていくのです。
まるで思い出してはいけないような錯覚に陥ります。
そして私の母は思い出すことをやめてしまいました。
美味しい記憶は忘れない。
「観光荘」も改装中で思い出のお座敷のあったところは作業場になるんだそうです。そのお座敷からは天竜川のやなが見えてそこで獲れた鰻を料理していました。天竜川拡張工事のため、そのやなも今はもう無く鰻も天竜川では獲れなくなっているようです。
帰りの車の中で、おじちゃんが
「鰻はうまいなぁ」と言いました。
 
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