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2019.01.05 Saturday

お正月

あけましておめでとうございます。

時の流れは速いものです。
平成が終わろうとしています。そんな今年の干支はイノシシ!前進あるのみですね。
寒川神社。ここに住むずっと前から初詣、お参りさせていただいています。娘は高校生から4年ほどお正月は巫女をしていました。
今は高校生の巫女さんご奉仕は夜中やらないのだそうです。いつも大晦日から出かけて行った娘は根性があったなぁ〜なんて思い出します。
 
認知症になって10年選手の母は年女です。
考えてみれば前回の年女の時すでに病気は始まっていたように思います。
もう今になれば、あの珍事件が懐かしいです。
娘は昭和の最後に生まれました。12月ですから、すぐにお正月。
箱根駅伝を観ながら授乳をしていました。
平成という時代を追いかけるようなテレビ番組が相次いでいますが
意外と話題にならないのがベルリンの壁崩壊のニュースです。
ベルリンの壁崩壊は1989年の11月なので平成元年にあたります。
幼い娘の顔を見ながら「あなたが生きる時代は新しい時代」なんて思ったものでした。
新しい年号の出発点でメキシコに壁ができたら悲しい。。なんて思ったりもします。
30歳になった娘と話しながら私の平成は母親業?なんてね。
久しぶりに帰ってきたわけですけれど、娘と話していると私は母親になります。
女の会話の激しさががちょっと恐くなった相方が廊下でたたずんでいる?
そんな場面もありましたが。。
認知症になった母でも私と話していると母が母親になるのがわかります。
母親は頑固です。
それって有り難いことです。
母にさせていただいて感謝です。
ずっと食べている変わらない味は我が家の御節です。こんなお正月もありました。

 
お正月の夫婦散歩。
近所なのですが相方は行ったことがなかったようです。

夫婦で歩くと新しい発見があるものです。
西暦1200年に起きた事件のことが書かれていました。
ここは誰かの家の敷地の中でしょう?なんてところにありました。
昔は何もないところだったんですよね。
 
何年か前にも同じように二人で歩いたのですが慌しいお正月で行くことができずにいました。
それだけ今年はのんびりできたということです。
自分の身体と精神がバランスを崩してしまう。
そんな何年もを過ごしていました。
後から後から問題は起きる。逃げるわけにはいかない。
「そんな時は全部終わってからってことで休んじゃえばいいのよ」
なんてアドバイスくださる方もいました。
でも休んだら戻って来れなくなっていたと思うのですよ。
おかげで打たれ強くなったかもしれません。
音楽はやめたくない!
だからこれからも。。これからも、もっと自分達らしい歩みで生きていきたいと思っています。
富士山と寒川高校
この後、コンビニで肉まん買って食べました。
ほかほか温まる〜「今日は肉まんが売れるんですよ」
コンビニの店員さんも行っていました。
 
今年もよろしくお願いします。
2018.12.25 Tuesday

クリスマスプレゼント

かねてから製作をお願いしていたハープが完成して自分へのクリスマスプレゼントになりました。

製作者さんのお家を訪ねて九州まで。

「これはボスタイプのハープですよ」教えられて

初期フランドル派の画家ヒエロニムス・ボスが「快楽の園」の中に描いたゴシックハープだと知りました。


 

なんとも不思議な絵です。

中世の人々の想像する世界観が広がります。

ちょっと気になっていたお墓参りもして相方の親戚の家に伝わる河童の手のミイラも見てきました。
相方が子どもの時見せてもらったというそれは今は宇土の図書館に展示されていました。
子供の時の記憶を聞いていた私は
もう少し大きなものを想像していました。
祖先が島原の乱にかかわっていた?なんていう情報もあって
天草を一周り。有明海なんですね。
海がとても綺麗でした。
隠れキリシタンの里。埼津集落に行ってきました。
海辺の村に教会があります。
この教会もゴシック建築なのだそうです。
その昔、神社を隠れ蓑にして人々は信仰を貫きました。
教会はキリシタン迫害の時代が過ぎてから建てられたものです。
キリスト教が伝来した昔にはコレジョという学校があって
ハープも含めて昔の楽器で南蛮音楽を勉強していたのだそうです。
壮絶な時代背景があるにもかかわらず、長閑な風景です。
風景を眺めていると、ここに神聖な音楽が聴こえてくるような気がします。
旅の目的と歴史のいろいろが重なってイメージが広がりました。
夕暮れと日の沈む海は今も昔も変わらないのでしょうね。
すっかり天草を満喫しました。
翌日はいよいよ工房にお邪魔して。
時代的なピアノの復元を見せていただきました。


そして1週間
感謝をこめてMerry Christmas♪
楽器は毎日ひくことで育っていくのを感じます。
音楽の学びは終わることがありませんね。。。。しみじみ
 

 

 

 

2018.12.14 Friday

みんなで作る音楽

週末は寒くなる!

天気予報が当たって晴天とはいえ寒い日になりました。
12月9日は毎年お手伝いさせていただいている「八千代管楽オーケストラ」の定期演奏会でした。
団の方たちは1年がかりで準備しているのに私達は秋になって演奏会も近づいて練習日程を眺めて
指揮者先生と練習の後の飲みをチェック。
意気込みや想いを確認しあって
指揮者先生は大学の同級生なので
同窓会みたいになります。
 
この演奏会は、みんなのやりたいが詰まっています。かなり我がままだったりもします。
古今東西、四方山話が膨らむわけです。
だからちょっと奇想天外な提案も瓢箪から駒?なんてこともあります。
それを含めて楽しませてもらっている私達でもあります。
なぜかキーボードとホルンは毎年、隣なんです。
隣というのは便利なような不便なような・・・
今年は私のパート譜が早く届いてラッキーだったんですが。
今回はマリンバとコントラバスでした。
キーボード音源を切り替えながら演ります。
でも、本番までに何があるかわからないのでスコアを確認して準備。
やっといて良かった。
相方からの指示もありまして、前日のリハで、コントラバスパートを増やしました。
パート譜が無いのでスコアを見て弾きました。
団員さんが演奏しやすくなることが重要。
低音セクションがステージの上手に偏っていたので下手側からパーカッションと一緒に支えるというのは有効だったみたいです。

この演奏会で「いいなぁ」と思うのは本番で、いきなりメンバーの耳が冴えることです。
リハーサルから、もっと耳を使えばいいのに。と思わないでもないですが
これがアマチュアの醍醐味でしょうか?
スリリングなまでに研ぎ澄まされたものを感じる瞬間が好きです。
キーボードはパーカッションパートになります。

パーカッション仲間で
記念写真を撮りました。
2018.12.05 Wednesday

槙坪映画のこと〜

出会いはさりげなく知る人ぞ知るという空気の漂う中で自分の無知に気がつくことから始まるものかもしれない。

 

3年前、福島でも何度も上演されたという槙坪監督の映画会の話を聞いて

松本で上演するということで観に行ったのです。。

その時の映画のテーマは老いと介護。生きることQOLを追求した作品で3本ほどを観ることができました。

槙坪映画は古くても新しい。永遠のテーマが描かれています。

槙坪さんはもう亡くなっていて旦那様の光永監督のために

光永さんが奥様のために作曲したレクィエムを演奏させていただきました。

その時の光永さんは末期の膵臓癌と戦っていて演奏を喜んでくださいました。

そして間もなく光永さん奥様の槙坪さんのところへ旅立たれました。

映画作りを手伝っていた息子さんに託された映画を

出演もしている「がらくた座」のちーさんが小さな自宅映画会で上演し続けています。

手作りの槙坪さん人形が見守ってくれています。


 

11月25日。松本まで車を走らせて行ってきました。

今回の映画は女子高生の援助交際。薬物問題。

そして槙坪さん自身が経験した戦後間もない広島の暮らしでした。

幼い者達が失望の中でも夢を育む。生きる力を感じる映画です。

どの作品も赤裸々な内容なのになぜが清清しい。

槙坪さんは「映画は夢なのよ」と仰っていたとのことでした。

そして、この小さな映画会は観終わって語り合う場でもあります。
ちょっとご飯を食べながら。
優しい想いを
それは古いけれど新しい永遠のテーマ。
「音楽は愛よねぇ」
そんな言葉も飛び出して
音楽も古くて新しい永遠のものを奏でていることに気づかされます。
 
ストーブが空気を温めてくれる
そんな中で
猫も一緒に。
猫の特等席です。

 
そして時間を忘れて。
明日もいい天気だね。

 
2018.11.30 Friday

いいたて道の駅までい館

11月23日 飯舘の道の駅。2年目のまでい館で演奏させていただきました。

飯舘雪っ娘かぼちゃの収穫祭〜3年前のあぶくま茶屋の時から私達「ぷりずむくぷれDuo」は演奏させていただいています。

去年からは飯舘に新設された道の駅までい館で「収穫祭・感謝祭」の応援です。演奏だけではなく売り子もします。
このセッティングを見ただけで
「来てるの?」「やぁ〜嬉しいなぁ・・・」
なんて言ってもらって、ありがたい!
 
いろいろな支援のしくみが国の方針や行政のありかたで変化して、そういうことで人が振り回されるのは心から切ないこと。
ご縁があって私達の演奏を楽しみにしてくれる人に会えることに感謝です。
パイプ&テイバーも披露させていただきました。
賑やかしには一番ですね。
中世の時代にもこういう広場で?
縮こまっている背中もしゃんとして元気がでます。
福島の晩秋。今年は暖かいとは言いながらやっぱり寒いです。
朝、車を走らせていたら霙が降ってきました。
山形からいらしていた米粉のパン屋さん〜飯舘から山形に移住してパンを販売しています。山形は初雪とのことでした。
建物の中は花がいっぱいです。湿度が低く設定されていました。

ちょうど飯舘の広報の方がいらしていて取材を受けました。年末発行の広報に載るらしいです。
取材の方とお話をしていて気がついたのだけれど、
「私達の演奏を聴いていた人どうしが繋がって新しい一歩を踏み出すなんてことがあるものだなぁ」
音楽って不思議なものです。
歌の好きな福島のかあちゃんからリクエストをいただきました。
そして私達の伴奏で歌ってくれました。
ほんとうに喜んでくれて嬉しかったな。
「さよなら」は言わない。
「また会おうね」

 
2018.11.04 Sunday

松本が好き

松本にアパートでも借りて暮らしたい。なんて本気で思うことがあります。

母も同じ気持ちなのかなぁ・・・
母のアルツハイマーは穏やかに進んで顔を合わせただけだと、ちょっと戸惑った顔をします。
でも身体のどこかに触ると、ぱっと目が覚めたようににっこり笑って私が誰だかわかります。
そんな母に松本に行ってきた話をしました。こんな地酒の一覧表を見ながら。
「夜明け前は辰野のお酒だよ」
突然母の目から涙がぽろり。
辰野は昔、母の実家があった塩尻の一つ手前の駅でした。
「もう一つトンネルをくぐったら塩尻だよ」
わくわくと母が言っていたことを思い出しました。
時代は流れて、今は塩尻に行くのに辰野の駅は通りません。
母は塩尻から松本に女学校時代電車で通っていました。
その頃から松本が大好きで、父が松本に転勤になった時は嬉々として家族で引っ越しました。松本城も土手から眺める山並みも脳の奥を刺激して懐かしさと大好きがあふれ出します。
                             私も松本が好きでよかったなぁ。そして心優しい友がいる松本です。冬は寒いけどね。
松本2日目の、ちいばあの人形劇。赤ちゃんと黄色ちゃんが、そっと触れ合って仲良くなるお話です。
無表情の母の肩や背中に触れることで母の心もほぐれていきます。
 

 
2018.11.01 Thursday

秋のつぶやき展

10月27日は松本がらくた座で「秋のつぶやき展」でした。

心の隅のほうで何がつっかえていることを誰に聞いてもらうでなしに、つぶやいてみる。
そんなつぶやきが木島知草こと ちーばあの絵には溢れています。そして命について考える。考えるきっかけが見えてくる。
そんな「秋のつぶやき展」です。
なんでもない野の花もつぶやいているようでした。地球に優しく人に優しく。命を考える。そして今回も小さな音楽会をさせていただきました。
トウモロコシを原料にした燃料でコーヒーをいれてもらいました。
このコンロは空き缶でできています。西日本でも、ちーばあの人形劇とともに、ちょっと活躍したらしいです。

ちょうど秋の土用ということで。
土用というのは春夏秋冬それぞれの季節にあって、次の季節に向かって身体の準備をする時なのだそうです。鰻を食べる日ばかりがクローズアップされていますけれど季節の宇宙を感じながら自分自身の身体の宇宙にも目を向けましょう。ということで、お灸の会でした。
ヨモギからもぐさを作りました。
「いったい何の集まり?」煙もくもく〜熱いお灸をお腹にのせて。
まったり、ゆったり身体も心もリセットさせながら、つぶやきます。
お灸の会が終わったら私達の音楽の時間というわけで。
猫が日向ぼっこをするような小春日和が嬉しくて「秋桜」弾き歌いなんてしちゃいました。
こちらでは、いつも言葉が命をつなぐように。そんな懐かしいメロディーを中心に演奏させていただくのですが。
古楽の古楽も演りたくて、そんなレパートリーを演奏したのですがお客様の中に中世音楽ファンがいらして、とても喜んでいただきました。
それぞれが大切な人を想いながら。
演奏の合間にも演奏が終わってからも、つぶやきがありました。そんなつぶやきに耳を傾けてみんな優しい気持ちになっていきます。
この日、長野県安曇野のコミューンチロルでお友達の演奏会〜中世ヨーロッパの音楽〜がありました。
演奏が終わって少ししかつぶやきに参加できなかったのですが近道農道を教えてもらって大急ぎで移動しました。
私達の音楽会を聴いてくれた中世好きなお客様も「本当は行きたいけれど夜だから」と仰っていました。
中世音楽を聴くチャンスは長野県松本では、まだまだ貴重です。でもファンは着実に増えていますね。
夜の演奏会も素敵なラウダが聴けて幸せでした。お客様も興味深々の様子でした。
この日は松本に泊まりました。
2018.10.24 Wednesday

猫がいっぱい!

もう1週間以上過ぎたのに、まだまだ余韻が残っています。

10月14日は神楽坂で「化け猫パレード」に参加しました。
少し前から二人で演奏を始めたテイバーパイプ。穴が3つで片手で吹ける笛です。空いている手は太鼓を叩くことができます。
このパイプ&テイバー隊がパレードにエントリーしたので私達も行列に加わらせていただきました。
神楽坂は「我輩は猫である」の夏目漱石ゆかりの地であることから2010年から「猫まつり」が開催されるようになり参加資格は猫の扮装をすることです。私達も帽子に耳をつけて顔にヒゲを書いてもらって猫になりました。それぞれに趣向をこらした猫がいっぱい。
まさに「化け猫パレード」です。
この街には猫がいっぱいいます。
猫と共存する街なのですね。
不思議な化け猫が大騒ぎする中で動じない猫たちです。
パイプ&テイバー隊の勇姿
パイプ&テイバー猫が大集合でした。
 
2018.10.18 Thursday

笛の楽園

10月6日〜8日「笛の楽園」をテーマにするセミナーに参加しました。

「笛の楽園」というのはリコーダーを演奏する人の間では有名な曲集です。
昔(とっても昔)に流行った歌。それは愛の歌だったり、お祈りの歌だったりするのですが。
その時代は、そんな流行歌を、そのまま演奏するだけでなく色々に変化させて演奏していました。
ヴァン・エイクという人が、その変化させて演奏する名手で彼の演奏をまとめて出版されたものが「笛の楽園」なのです。
なかなか都合が合わず個人レッスンを受けることのできない相方のために。
せっかく申し込むのだったら私もレッスン受けちゃおう!と言うわけで申し込みました。
ご近所だったので3日間通いです。長閑な空気の流れる会場でした。
本当は泊まりも魅力だったのですが、相方が9月の終わりに白内障の手術を受けてどうなるか?わからなかったので。
おかげさまで無事、手術が終わって、なんだか良く見えるようになったので楽しく勉強させていただきました。
眼鏡をかけていない相方が本人も私も不思議な感じですが、こうしていろいろな場に出かけて行くことで顔も慣れていくのですよね。
私も顔面麻痺になって4年ですから、そろそろリコーダーも吹きたい!と思うわけです。
「笛の楽園」は、ちょっとハードかな?と思ったのですが病気になる前に
「一度、身についたものは何があってもできるから」と念を押されたことを思い出して。
もちろん、その時に、こんな病気になるなんて夢にも思っていなかったのですけれどね。
問題は4年も経っているのに表情筋の共同運動で唇の集中すると目を閉じてしまうこと。そして顔が疲れます。
30分ほどのレッスンで「すみません。顔が疲れました」
知らない人は、そんな失礼なことを言う生徒は許せない!と思ったかもしれません。
手加減せずにレッスンしてくださった先生に感謝です。
相方は元歌アンサンブルに重ねて
「笛の楽園」版のソロ。
贅沢な経験をさせていただきました。
当日いきなりだったこともあってアドレナリンがまわって術後の回復にも効果的!
楽しい仲間との幸せな時間でした。
顔面麻痺〜病気のことを書きましたのは最近同じ病気で悩んでいる方によく出会います。
管楽器は吹くということで辛かったりもしますが声楽の方は発音が難しくなったりもしますし笑顔が強張ってしまう人もいます。
病気から何年も経っていても、やっぱりダメとがっかりしたりの方が大勢います。
私は図々しいので、どこにも出かけていきますし何でもやってしまうので大丈夫なようですが、それだけに工夫して、その時々をやり過ごしています。ここのところ笛を吹く機会が多いので表情筋のマッサージ、病気の後、やっていたのですが最近さぼっていたので、またやってみることにしました。
やりたいことを続けて行けれる幸せを大切にしたいと思っています。
2018.09.29 Saturday

高原の週末その2

私はたくさんの人に可愛がられて育ちました。
その人たちがみんな年をとったら私にはみんな大切な人たちだからどうしたらいいんだろうと真剣に考えたことがあります。

信州塩尻に住む叔父が2月に高齢者住宅に引っ越しました。

叔母は一足先に同じ建物の老人ホームに居ます。その叔母は昔、私のお母さんとよく間違えられました。
叔父は私が松本に住んでいた時、「薫ちゃん。遅くなってごめんね」と歌いながら遊びに来てくれました。
叔父はとても体格が良くて美声なので母とオペラごっこなんてするとばっちりでした。
でも高所恐怖症なので10階に住むのが冒険だと言っていました。
その叔父の新居を訪ねなくてはとずっと思っていたので、はらむら古楽祭から足をのばして塩尻に行く計画をしました。
後ろ髪をひかれる思いで、はらむらを後にして車中泊をするので、せっかくだから昔住んでいた松本里山辺から美ヶ原に上がって
日の出を待つことにしたのです。
山の朝はとっても寒くて凍えそうだったのですけれど
みごとな御来光を見ることができました。
   
美ヶ原の台地を歩かないわけにはいかない。
ちょっと散歩のつもりが3時間半のトレッキングになりました。
王が頭〜王が鼻は通っていた学校の校歌にもでてくるくらい象徴的な存在です。王が頭にはNHKのアンテナが建っています。
その王が頭から真っ直ぐに台地の道がのびています。
草原には牛が放牧されています。
「美しの塔」尾崎喜八の詩より〜  
登りついて不意に開けた眼前の風景に
しばらくは世界の天井が抜けたかと思う
やがて一歩を踏み込んで岩にまたがりながら
此の高さにおける此の広がりの把握に尚もくるしむ
無制限な おおどかな
荒っぽくて 新鮮な
此の風景の情緒はただ身にしみるように本源的で
尋常の尺度にはまるで桁がはずれている
秋が雲の砲煙をどんどん上げて
空は青と白との目も覚めるだんだら
物見石の準平原から和田峠の方へ
一羽の鷲が流れ矢のようにちていった
アルペンルートからは遠く北アルプスが見えました。
よく考えたら何も食べてなかったので山菜蕎麦と高原の牛乳が美味しかったこと。
それから、もちろん塩尻の叔父に会いに行き、祖母のお墓参りにも行ってきました。
ところで今日、相方が白内障の手術をしました。
よく見えるようです。
この高原の眺めが眼鏡なしでも見えるようになりました。
 
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